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調査研究・コラム

コラム

〈2026/05/01〉

顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)

子どもの表現への大人の見本・手本の(悪)影響

神奈川大学 渡部かなえ
神奈川大学産官学連携研究事業

 5月のゴールデンウイーク、昭和の日や憲法記念日などの祝祭日が続きますが、その中で子どもが主役とされているのが5月5日の子どもの日。保育所や幼稚園でも、鯉のぼりの塗り絵に色を付けたり、それを切り抜いて貼り合わせ小さな鯉のぼりを制作するなどの活動が、「幼児期の終わりまでに育ってほしい(10の)姿」の1つの「豊かな感性と表現」の実現や「ねらい及び内容」の「表現」に沿った、行事に関連する保育活動として行われているようです(参考資料1,2)。

鯉のぼりの輪郭が既に描かれているキット(保育者の手作りでも、既製品の利用でも)は、活動に要する時間をコンパクトにでき、どの子も一定のクオリティの作品を作ることができるので、便利ですし、「きれいに上手にできあがった」作品を持ち帰れば保護者にも喜ばれるのでしょう。けれど、巧みに誘導・指示されて、どの子もほぼ同じ(色がちょっと違う程度の)ものを作る(作れてしまう)ことで、子どもたちの創造性や表現力が本当に育つのか疑問です。

池や堀で実際に鯉を見たことがある子は多いと思いますが、通常は上からで、「鯉のぼりの塗り絵」「鯉のぼり作成キット」に予めコピー・プリントされているような生きて元気に泳いでいる鯉の側面を見ることはめったにありません。側面が上から見られるのは、病気の鯉か死骸です。鯉のぼりのお話(鯉が滝を登る故事(登竜門)にあやかって子どもの健康や成長を願うシンボルであること)を聞いた子どもが、想像力を働かせ、自由に描いたり作ったりすれば、もっと多様で子ども一人一人の個性があふれる鯉のぼりができるはずです。鯉のぼり以外でも、さまざまな制作活動において、既成の同じキットを使うことで、子どもたちの感性や表現の育ちの機会を失ってしまっているのではないかと懸念されます。

ローウェンフェルド(参考資料3)は、自分の経験から動機づけられた鳥の絵(図の上段a)を描いていた子どもが、教師によってサンプル画(図の中段b)を写す課題をやらされた後、図の下段(c)のような鳥の絵しか描かなくなってしまったという事例を報告しています。型にはまった類型的なお手本や見本を大人が与えることは、子どもから想像力を奪い、描きたいものを自由に描くことをできなくさせてしまい、大人の固定概念を植え付けて子どもの創造的情熱を挫折させてしまうとローウェンフェルドは警告しています。

文字を覚えることや健康・安全に関わることなど、子どもの健やかな育ちにお手本が必要な場合はもちろんたくさんあります。けれど、豊かな感性と表現の育ちに関しては、大人がお手本や見本を示し、そこに誘導してしまうと、子どもの創造力・表現力の育ちに悪影響を及ぼす危険性があることに留意する必要があります。

【参考資料】
1. 幼稚園教育要領 https://www.mext.go.jp/content/1384661_3_2.pdf
2. 保育所保育指針 https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00010450&dataType=0&pageNo=1
3. ローウェンフェルド V. 著,竹内清,堀ノ内敏,武井勝雄 訳(1995)美術における人間形成,黎明書房,名古屋,653p.

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