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調査研究・コラム

コラム

〈2022/03/03〉

顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)

Festina lente ゆっくり急げ

神奈川大学 渡部かなえ

神奈川大学産官学連携研究事業

 

Festina lente(フェスティナ レンテ:ゆっくり急げ)は古いラテン語の格言で、「良い結果に至るにはゆっくり行くのが良い」と「歩みが遅すぎると求める結果は得られない」という両方の意味を同時に表しています。ヨーロッパでは古くから広く知られていて、甲羅に帆を立てたカメ(資料1)や鎖に巻き付いたイルカ(資料2)などの図像も描かれており、古代の陶器やコインの図柄にも使われています。

資料1                資料2

 

カメと時間と速さについての人生の大切な話は、実は子どもたちも大好きな童話にも描かれています。ミハエル・エンデの「モモ」です(資料3)。時間泥棒に追いつかれないように急ごうとするモモに、カメのカシオペイアが「オソイホド ハヤイ」(遅いほど速い)と教えます。その一方で、マイスター・ホラから貰った時間の花が咲いていられる制限時間内に時間泥棒が人間から奪った時間を取り返すための行動をしなければならないのに、時間が止まったことで固まってしまった朝ごはんの残りを不思議な気持ちでつついたりしているモモに「ジカンヲムダニシテイル」(時間を無駄にしている)と指摘して、モモにすぐにやらねばならない一番大切なことを再認識させます。

 

 

 

 

 

 

資料4

4月に小学校に入学する保育所や幼稚園の年長さんの中には、読み書きや算数などの小学校の勉強を先取りしてやっている子もいるので、そうでないお子さんの保護者の中には「うちの子にもやらせた方がいいのか」と不安になっている方もいらっしゃいます。でも、先取り学習で「得をする」ような感じがするのはわずかな間だけです。ノーベル経済学賞を受賞したヘックマンが、幼児期に勉強ではなく遊びを通して自主性を重んじる教育を行うことが、将来、生活保護の自給率や逮捕率を下げる、学歴が高くなる、そして健康で幸福な人生を送ることにつながる、という研究報告を行っています。幼児期に遊びではなく勉強をさせた子には、そのような生涯にわたるプラスの効果は得られていません。(資料4)

 

つまり、保育所や幼稚園でいっぱい遊んでおくこと、「遊びを通して様々なことを学ぶ」幼児教育が、生涯にわたる健康で幸福な生活に重要なのです。

残り少なくなった園生活、感染症の拡大で様々な制約はありますが、ぜひ、めいっぱい元気に遊ばせてあげてください。小学校では、やることややり方を指示される勉強が中心になります。やりたいことを自分で決める・どういう風にやるかも自分で決めるという本当に自主的・主体的な学びの活動がいつでもできる貴重な時は3月で終わってしまうのです。

 

【参考資料】

1)Peter Isselberg, Emblem book、http://emblematica.grainger.illinoi…isel/emblems

注)このエンブレム・ブックのエンブレム(図像)はオープンアクセスです。

2)William Barker, The adages of Erasmus, University of Oxford Press, 2001.

3)ミヒャエル・エンデ、モモ、岩波書店, 1976

4)ジェームズ・ヘックマン、幼児教育の経済学、東洋経済新報社、2015.

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