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調査研究・コラム

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〈2018/12/11〉

顧問 渡部かなえ(神奈川大学人間科学部教授)

【神奈川大学産官学連携研究事業】第7回 子どもの思いや願い、可能性を観察・記録する保育の重要性

保育の観察・記録は、子どもを理解し把握して健やかな育ちを支援していく上で重要です。しかし従来の観察や記録による子ども理解は、年齢に応じた発達をしているか(「できる」・「できない」)に着目したり、目標を設定して達成することをみんなで一斉に目指す傾向がありました。もちろん一人ひとりが目標をもってそれに向かって進んでいくことは、大人にとっても子どもにとっても大切なことです。けれど、子どもに「できないこと」や「困った行動」がある場合、原因探しや課題の克服のみに保育者や保護者が心を奪われてしまうと、多様性を認めない子ども理解になってしまい、豊かな保育から遠ざかってしまいます。

これに対して、子どもの「興味を持っていること」「夢中になっていること」「チャレンジしていること」「思いを表現していること」「役割を果していること」などに着目して、子どもの気持ちや願いを理解し可能性を伸ばしていこうとする保育の観察と記録の方法(ラーニング・ストーリー)が、ニュージーランドで始められました。これは、子どもを、家庭、園、地域での生活や経験、遊び等から様々な影響を受けると同時に、自らも他者や外の世界に関心を持って、共感し、参加し、協力しようとする、自ら成長していこうとする力をもつ存在として見ていく観察・記録方法です。

ラーニング・ストーリーを活用して、子どもをプラス面から観察したり、子どもの言葉に耳を傾けて記録したりするようになると、それまで理解できなかった子どもの気持ちや行動の理由がわかり、以前とは違った子どもの姿が見えてくるようになります。例えば、「どうして他の子のようにできないのか」「(保育者・保護者としては)こうして欲しい」等の保育者・保護者の思いを手放します。そして「この子は何に関心があるのだろう?」「何がやりたいから、こうしているのだろう?」等、子どもの気持ちや願いを理解するようにします。すると、その子の「(まだできないけれど)やろうと努力している姿」や「何かを大事にしている理由」が見えてきます。

ラーニング・ストーリーを通して、子どもの気持ちがより一層わかるようになると、子どもに肯定感を抱き、信頼を置くことができるようになります。すると、それは子どもにも伝わり、子どもにとって大きな励みと力になって、幼児期に育むべき最も大切な安心感や自己肯定感を深めることができ、温かい人間関係を築くことができるようになります。

ラーニング・ストーリーは子ども理解の記録であるばかりでなく、子どもと大人が互いを理解し認め合いながら成長していくことができる方法です。筆者は保育所との産官学連携研究事業「子どもと大学生が共に学ぶ共育」の研究を、筆者のゼミ生は子ども達の創造性や人間関係の育ちについての卒業研究を、保育士さんの協力を得て、ラーニング・ストーリーの手法で進めています。研究成果を将来、本コラムで紹介させて頂きたいと願っています。

 

【参考文献】

Margaret Carr, Wendey Lee, Learning Stories: Constructing Learner Identities in Early Education, SAGE Publications Ltd, 2012.

 

【執筆者プロフィール】
顧問 渡部かなえ
神奈川大学人間科学部教授

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